則天去私
夏目漱石
文豪・夏目漱石は晩年の四十四歳のとき、胃潰瘍のため吐血して危篤状態におちいる体験をし、この大患が漱石の人と文学に、一転機をもたらしたといわれる。
それを象徴するかのように、この一語がよく知られている。
「小さな私を去って、自然にゆだねて生きること」。
ここでわたくしは、『論語』の「人事を尽くして天命をまつ」を、「天命に安んじて人事を尽くす」と逆転した清沢満之のことばを想起する。
前者の天命は運命だが、後者のそれは使命なのだ。天命と人事が別であるかぎり、
「則天去私」は成り立たない。それは「私」が残るからだ。
天命と人事の一体感、人事が天命のうちでこそ、「尽くす」ことができる。
「則天」は「去私」、の関門だ。
2002年10月20日